相談屋の独り言(2005年)

みなさんのご意見、ご感想をお待ちしております
こんな題材でなど何でもメールでお寄せください

 T  O  P  へ    2002年の独り言へ
2003年の独り言へ    2004年の独り言へ
2006年の独り言へ   2007年の独り言へ

2005年 11月21日

・犯人探ししていませんか?

カウンセラー:「今日はどの様な相談ですか?」
クライエント:「上司があまりにも私に対する態度が酷いのです。」
カウンセラー:「では、まず、あなたの態度を変えて行くようにしてみましょうか。」
クライエント:「何おかしな事を言ってるのですか?悪いのは間違いなく上司です。私が態度を変える必要はまったくありません。」

 これは大げさな例ですが、どうしても何か問題がある時はその問題が起こることに対して、一番悪いのは誰かと犯人探しをして、犯人が見つかったら、犯人だけが罪を償うと言う形で、誰か一人を変えさせるにはどうすればいいかと考える人が多いようです。

 私の相談室にも、今の夫婦関係で悪いのはどっちですか?とか、私が悪いせいで子供が苦しんでいるとかと訴える方がいらっしゃいます。もちろん、私は犯人探しをして、判決を下すと言うやり方はしませんよ。私ができることは、相談室に来た人が今からなにをして行くことが良いことに繋がるかを一緒に考えて行くことです。

 犯人探しをして、犯人になれば全てを背負わなければいけない。そして、それ以外のほとんどの人は何一つ背負わなくて良いと言うことになります。だから自分は悪くないと言って何も変わろうとしない。何も試行錯誤して、良い方向に持って行こうとしない。もしかしたら、不景気だと言って営業努力をしない社長さんも同じかも。

 何かしら問題だと思うことがあれば、それをどの様に自分が考えるか、受け止めるかを考える。そして、どの様になることが理想なのか。自分に出来ることがあればしてみる。そして反応を見て、また対処する。これ大事。

2005年 11月21日

・支援制度、相談窓口がこんなにっ!

 行政の無料相談窓口はこんなにあるんですねえ。これでもほんの一部でしょう。無料で誰でもOK!!これは、わざわざお金を払って浅井心理相談室で相談する必要はありませんね。こりゃ困った〜。自分にあった窓口を探してみてくださいね。
ふくしネットワークいばらき
http://www.ibaraki-welfare.or.jp/07sodan/sodan.htm

2005年 11月21日

きれいな物、汚い物

 人には汚いと感じるものは様々あります。道路に落ちているものやゴミ箱の中はたいてい汚いものと感じているでしょう。排泄物のことを汚物と言うこともありますね。

 だいたい、常識的に考えてきれいな物や汚い物への感覚は似通ったものです。ですが、この「常識」と言うものが曲者。つまりその文化的な背景、言い換えれば育ち方ともいえるものですね。

 ある、国だか地域だかでは牛糞を燃料や壁土に使っているところもあります。日本人の常識ではそんな汚い家はちょっとと思っちゃうんじゃないでしょうか。

 そこで、もう一つの常識。医師や看護師さんなどの医療現場で働いている人の常識として、汚物よりも血液の方が汚い。汚いどころか怖いとのこと。何かしらに感染する可能性があるからと言うことらしいですね。私を含めて一般的には血は一番きれいなものだと感じているんじゃないかな。ちょっと指を切って血が出たら、なめてしまう。まあ、これはほとんどの場合自分ですけど、この感覚があるから、他人の血も汚いとは普通思わないですよね?

 何でもかんでも殺菌、無菌が良いわけじゃないらしい、常在菌はなくてはならなくて、顔や体にもたくさん。なんて話もあるらしいし。これは、きれいな物、汚い物をもう一度、考え直す必要があるのかもしれませんね。

2005年 7月20日

暑いと言って服を脱いだのは気温が高かったからですか?

 いや〜、暑くなってきましたね。クールビズでネクタイを取って上着を脱いで少しだけ楽になった人もいるのでしょう。
 ま、今回はそれが問題ではなく、服を脱ぐのはどんな理由かということなんです。暑いと感じて服を脱ぐことは誰でもあることです。気温が高くなってきているのに、そのまま厚着をしていると体温が上がりすぎて体調が悪くなってしまうから当然の対応ですよね。自己防衛のため当たり前のこと。

 ここ注目です。実は服を脱いだりしているのは、気温が高いというよりも自分自身の体温が高くなるのを防ぐためなんですよね。その証拠に運動をして体が熱くなれば、やっぱり服を脱ぎますよね。だから、気温が何度以上だから暑いと感じるという温度計のような反応は人間はしないものなんですね。
 つまり、気温が高かろうが低かろうが、自分自身の体温が高くなる事への対応なんですね。

 さて皆さんが、「誰も自分のことをわかってくれない。」とか「あいつの言い方が悪いからいけないんだ。」と怒ったり泣いたりという感情が出てくるのは、相手が自分を分かっていないせい?自分が相手を分かっていないせい?それともその両方?

2005年 7月20日

脱カウンセラー宣言

 ここに浅井は脱カウンセラー宣言をします。これを知り合いに言ったら「えっ相談室やめちゃうの?」と驚かしてしまったのだけど、次のことを説明したら納得してくれました。

 今までもカウンセラーと名乗ったことはなく、「心の相談をしています。」とか「悩みを聞く仕事を自分でしています。」と自己紹介していたんですけれど、ここで改めて。
 なんとなくカウンセラーというと流行のものとか、資格にこだわっているイメージがあって私の中では良い印象はなかったんです。化粧品でも進学・就職でも、心霊でもカウンセラーって名乗ってますよね。ただの相談する人って意味ですから。カタカナというのもあまり好きではないし・・・

 そこで、これからは「相談の職人」で行こうと決めました。浅井心理相談室は「カウンセリングルーム」ではなく「街の相談屋」。ボランティアの約4年間は職人見習い。つくばで相談室を開いてからは、職人へ。そして4年目を向かえ更に研鑽を積んでいくという自分の戒めのためにも。職人として力尽きるまで腕を高めていく。なんか、かっこいいでしょ?

2005年 3月27日

向かい風で高く飛ぶ

 飛行機と言うものは追い風よりも向かい風のほうが離陸しやすいらしいですね。ベルヌーイの法則とかで、風の速度やら気圧の関係らしいです。鳥もそうでしょうし、凧も向かい風だから飛べるもの。

 それが人間だとどうでしょうか。普通、何故自分は上手く行かないのだろう。向かい風ばかりで嫌になると感じることが多いものです。追い風が何時になったら吹くのだろうと、じっとしていることが多いですよね。でも、飛行機や鳥、凧と同じで、人間も向かい風が吹く、逆境のときほどステップアップするものなのです。何か問題が起きたり、周りからの反対意見や苦情、失敗を乗り越えようと創意工夫をして、乗り越えることで、人としての幅や深みが出来るものなのです。

 それが何も無くマンネリな毎日であれば何の発展も無く退化していくもので、それどころか、追い風で自分の力以上の場に立ってしまい足元をすくわれると言うこともあるものです。

 向かい風を楽しめるようになると良いのですが、なかなか難しいものです。せめて、向かい風が吹いても何かしらやりようがある、手も足も出ないような最悪の状態では無いと考えられるようになれるといいですね。