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2004年12月16日

・かっこ悪く生きてみませんか?

 私は公務員の時に、そこの草野球チームに属していました。私はそこに入る前に、中学と高校で野球部に入っていたので、そこの中ではまあまあ活躍していたんです。周りは今まで野球をあまりやっていなかった人もいるので当たり前のことで、私は、過去の練習だけで草野球をやっていたようなものでした。そのくせ、自分が試合で思うようなバッティングや守備ができないと、すぐあきらめると言うかふてくされるような時があり、周りに気を使わせてしまっていたこともあると思います。その時自分の頭にあったのは、格好良くプレーをすることだったと思います。さらっとヒットを打って、スマートに守備をこなすという。だから、バッティングでフライにしてしまったら、あ〜あと思って、一塁まで全力で走らないんです。もしかしたら相手がエラーをするかもしれないなんて思わないし関係なかったんですね。ミスがないことが格好がいいことなんだと思っていたんですね。

 そうこうしている内にある試合のときに、自分の後輩が三振をしたのですがキャッチャーがボールを後逸したんです。振り逃げと言うやつです。その後輩は、太っていて走るのもあまり早くありません。当然誰もが一塁に送球されてアウトになるものだと思いました。それがキャッチャーの送球が一塁に走っているその後輩の後頭部に当たり、結果はセーフ。ベンチからも笑いが出るし、その後輩も恥ずかしそうに苦笑いでした。お世辞にも格好がいい場面ではありません。しかし、何故かその時私はその後輩が格好よく見えたんですね。一塁まで全力で走るその姿がとても格好よく見えたんです。それと同時に、ちょっとエラーをしたら、いや、エラーをしそうになっただけであきらめてプレーしていた自分が恥ずかしく感じたものでした。10年近くたった今でも自分に戒めとして覚えている経験です。

 野球を知らない人にとってはちょっと分かり難い例かもしれませんが、失敗しそうであれば今、出来そうな事もあきらめてしまう事は日常よくあることです。また、失敗した事があると、もうどうせだめだと考えてしまいがちです。出来れば、きれいに格好よく生きて行きたいのは全ての人が思っていることで、「エラーがあったらその時点で試合放棄してしまえ」という考え方の人も多く見受けられます。しかし、格好悪いエラーをしたかどうかは、その試合に勝てるかどうか、その試合を楽しめるかどうかとは別のものです。人生のスコアブックのエラーは消すことは出来ないかもしれないけれど、それは人生と言う試合に勝てなくなったとか、ましてや試合を楽しむことが出来なくなったわけではありません。あなたのエラーは、自分のせいだったのか周りのせいなのかは分かりませんが、それ自体がドンマイ、ドンマイ。周りを恨んでも、自分を責めても今のプレーには悪影響が出るばかり。次のボールにくらいつけるなら喰らい付く、今一塁まで全力疾走が出来るなら、格好悪くてもするべきだと思います。ベンチに戻って休んでいるのなら、次のプレーに移るまでは体力を回復するために休む必要もあるでしょう。今出来ることをする、私はそれがとても大切で格好いいことに感じるのです。今あなたが格好悪いと言う生き方も、けっして悪い生き方じゃないかもしれません。今あなたに出来ないことは無限に存在しますが、出来ることもそれに近いぐらいあるはずです。それを探して見るのも悪くないでしょう?

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