もう一つの独り言

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2009年9月2日

・偉そうにアドバイスをする相談屋が

夢にうなされる事は、しょっちゅうだし、先日は、泣きながら起きた。声を出して泣いている自分が、自分で不思議だった。
悲しいこと、つらいこと、情けないこと、自分の力不足を感じることは日常茶飯事。その日常以上に落ち込む時は、全ての悩みは自分が作り出しているとか、自分は自分の周りを不幸にする存在なんだと膝を抱えて何時間も、じっとしている。こんな人間がこれからも偽善を続けていくのかと責め続ける。
冗談で、「前世があるのなら自分は相当の悪い事をしてきたようですよ。いろいろな、つらい事を共有する日常を送っていますから。」と軽くいっている言葉が、自分に突き刺さる。
そんな不安から、周りの人間や動物にまでも「今、幸せですか?」と聞いてしまう。
どこからか、その感覚を一生抱え続けて行けとその覚悟を持てと指図され言い聞かされている。
それでも、今の歩みを止めるつもりは無いけれど・・・


2006年4月25日

・数人の中にのコから

ここを見てくれたらしく、「数人の中に」のコからメールがあった。
 「最近では、少しずつ気持ちをカウンセラーに伝えられるようになって来た。」
 と書いてあった。
 すこし、嬉しい感じがした。




2006年4月18日

・数人の中に

そのコの中には、幾人もの人がいると言う。診断書も出ているようだ。
そのコが、相談室に来たのは1年ほど前になるだろうか。つくばで、ちょうど好きな音楽と舞台劇があり、そのついでに相談すると言う形だったろうか。いや、全てを重く受け止め、特に自分以外の人が関わっていることには、絶対失礼があってはいけないと考える性格だから、全てが本筋で、ついでと言うものはないのかもしれない。疲れるだろうなと、私は勝手に心配している。

そもそも、そのコの住まいは遠く、つくばの相談室に来ること自体、大変なことなのだ。片道だけでも半日以上つぶれてしまう。以前は、よく掲示板などに投稿してくれていたが最近はなくなり、もっぱら、メールと電話相談に移っている。面談は、その時の一回だけで、もちろんそんな事は予想できたことだから相談の中身も、心理面を掘り下げると言うよりも生活面の見直しという色合いが強かった。だから、そのコの中にいる別の人たちとは話すことは出来なかった。

電話相談でも、別の人達とは話したことはなく、メールで何回かやり取りをしたことがある程度。年齢、性別バラバラで、それぞれが仲が悪いところもある。それぞれの意見があってバランスをとっているから当たり前なのだろうが、更にそれがつらさを呼んでいるのも事実。だがしかし、私に対してはおおむね好意的だったり気遣ったりしてくれているように感じる。この文章を見たら、たぶんその中の一人は「へっ、誰がお前なんかに。」と軽口を言ってくるかもしれないが。

その症状があることもつらさの大きな要因。それだけではなく、その症状の原因から派生している自責の念や、人間関係を含む環境面、身体的な症状など、雑多な問題をかかえている。しかし、普段からとても明晰なコで、その気遣いから、たぶん周りの人は、そのコがこの様な状態で、とてもつらい(と言う表現では軽すぎるほどの)毎日を送っていることに気づかないであろう。ややもすると、主治医や担当のカウンセラーもそれを分かっているのか疑問に感じることが、彼女の話から感じ取られる。そのコから聞いたエピソード、「カウンセラーが自分よりも先に泣いてしまい、泣きたかった私は泣けずに、カウンセラーの生い立ちなどにうなずいて話を聞いていた」、「カウンセラー自身の考え方ではなく、教科書にはその様に載っていたという表現をされる」がある。この様なことでは、毎日の話どころか周りに話せないような、ある事件の話を見つめなおすことは難しいだろう。立派な教育を受けている臨床心理士様なのだからもう少し考えて頑張ってほしいと願うことしか私には出来ない。

「カウンセラーや主治医に、気持ちの行き違いや不満に思うこともドンドン言った方がいいですよ。」決め台詞のように繰り返し伝えているが、嫌な思いをさせたくない、相手に悪いと言う気持ちからあまり話せていないようだ。そこから、出てくるようなつらさも、自分が悪いのだと考えてしまう癖がある。ほんの少しでも、そのコの口から愚痴が出て、それを聞ける体制を持っていたいと思っている。そして私がその様に考えていることが、少しでも伝わっていればと思うのである。そして、それは地元の主治医や担当カウンセラーが悪いと言うことを伝えたいのではなく、行き違っている部分を少しでも軌道修正をして、よりよい治療の場の補助になればと思っている。間違いなく、そのスタッフの方が、私よりも優秀な治療者なのであるから。



2006年3月28日

・沈黙の相談室

もう何年前になるのだろうか。
自分で記録した相談票を見なければ記憶は定かではない。その日の天気も定かではない。雨が降っていなかったことだけは覚えている。

そもそも、相談票を見たところで、そのクライエントの住所も電話番号も年齢も何も書かれていない。書くことを、とても恐れているようだった。そして、覚えているのは、ただただ、相談時間1時間の間の沈黙。

「つらいんです。」
「そうですか。つらいのですね。」
そして、沈黙5分。
「誰も私をわかってくれません。」
「それはつらい。孤独だと言う感覚ですか?」
「はい。」
そして、沈黙。

きっと、質問らしい質問はそれぐらいだったのではないだろうか。1時間のうちにあわせて5分も話していなかった気がする。
何か質問をしなければいけないだろうか?もう少し様子を見ようか?一生懸命考えたような、そして、居心地の悪さと静けさ。それでいて安心感のような変な感覚だった記憶がある。
技術も知識も経験も今よりも更になかったせいか、それ以外の質問も気の利いた言葉も行動も出てこなかった。

予定時刻が来て、相談が終了する。初回分の料金と「ありがとうございました。」の言葉をいただいたあと、帰りの道順を下まで送り説明した。

お礼を言われるほどの事が自分に出来たのだろうか。その日の最後の相談だったので、半ば自分を問いただすような状態だった。

その後、そのクライエントからメールでのお礼が来た。「あんなに話を聞いてもらったのは初めてです。」当時は、ほとんど話という話をしていないしと言う気持ちが勝っていた。相談は、それ一回きりで継続はない。他のやり取りもまったくなし。

今では、その言葉を素直に受け入れられるが、それでも、この相談が成功なのか失敗なのか自分には判断できない。相手のペースで話を聞くことの例に使わせてもらうことの多い事例ではあるが、それが出来ていたかどうかさえも今となっては確かめようがないのである。

考えれば考えるほど、胸が締め付けられるような感覚を覚える。きっと、切り替えが下手な相談屋の心にはこういうものが溜まっていくのだろう。時に居心地が悪く、時には落ち着く。そんな、自分自身でもどう表現して良いか分からない感覚が。



2005年2月10日

・そんな僕に・・・

 もう僕は疲れてしまいました。
 何もかも嫌になってしまいました。
 本当に疲れたんです。
 ある時、歩くために足を一歩踏み出すことがつらくなりました。
 今では寝返りをうつことさえつらいんです。

 もう僕は疲れてしまいました。
 通うべきところは一月前から行ってません。
 外出さえほとんどしなくなりました。
 まずカーテンを閉めました。
 電話の線も抜きました。
 寝る場所は昨日から、落ち着く押入れの中になりました。

 もう誰とも話をしたくないんです。
 もう消えてしまいたいんです。
 誰も僕にかまわないでください。
 誰も僕に気付かないでください。
 分かってもらえなくていいんです。
 誰も悪くない、すべて僕がいけないんです。
 そんな事分かっているんです。
 だから、そっとしておいてください。
 もう、何もいらない。
 楽しい事なんてあるはずありません。
 僕の事なんてほっといてください。


 でも、そんな僕に誰か気付いて・・・もらえますか。
 

2005年2月10日

・生きる事に意味なんてあるの?

 皆が死んではいけないって言ってる
 じゃあ、生きる意味をおしえてよ
 どうせ答えられないんでしょ?
 意味がなければ死んだっていいじゃない
 私は生きていても苦しいだけ、生きていても迷惑をかけるだけ
 だったら死ぬしかないでしょ?
 それ以外に方法なんてあるはずないもの
 それを否定するなら
 生きる意味は何?死んではいけない理由は?

 でも、それがあてはまるのは私だけ
 私以外の私の周りの人は死んじゃダメ
 私の分まで生きて欲しい
 理由なんかなくても生きて欲しい
 本当にそう思うんです