ノーマライゼーション

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 世の中には様々な人がいるのが当たり前で、傷病や老いなどで障害を持つ社会的な弱者に対し保護や隔離ではなく、同等の権利を持ち支えあってともに生きていくという考えや方法です。

 障害を持つ人達も、健常者のその他大勢というか平均的な能力を持っていれば当たり前に出来る生活様式を、社会で生活するのであれば出来て当たり前と強いてきました。その様な社会では、それが出来ないのであれば、出来るようになるまで病院や施設、家の中にいることになります。それに対して障害を持つ人達に対して、かわいそうだと一方的に感じ手を差し伸べるのという考えは上から下への関係になり、必ずしもその人の能力と自由を保障するものではありません。これらを反省して個々の人間性を尊重していこうと考えられたものがノーマライゼーションです。

 例えば普段気づかないことですが、生活で使う器具等は右利き用に出来ています。お金を入れてから欲しいもののボタンを押す自動販売機しかり、はさみや包丁などの刃物しかりです。今までは、それらを使いたいのであれば、左利きだろうが右利き用のものを使え、出来なければ物を切ることができないと言う状態だったわけですが、刃物の左利き用のものがいろいろ出てきましたよね。右利き用に慣れてしまって左手用のはさみは使いにくいという左利きの人はいますが、その様に努力しても使いこなせない人もいるわけです。(小学校の体育の時、野球のグローブの右利き用を逆に手に入れて器用にボールを取っている友達を思い出したりして・・・。)

 手が器用に動かない人のための自動販売機(お金の投入口が漏斗のように広がっていて入れやすい)も一部には設置されていますし、車椅子を使っている人のために段差をなくしている建物は良く見かけるようになりました。これからも心身にいろいろな特徴を持つ人のための道具が出てくるでしょうが、それ以外の生活様式や全てのコミュニケーションなど、相互理解をするにはどうして行けば良いのか考え、実行し続けていくことが求められます。

 障害者施策推進本部(障害者対策推進本部は、平成8年1月19日の閣議決定により、障害者施策推進本部に改称)が、ノーマライゼーション7か年戦略という障害者プランを平成8年度から平成14年度までの計画で、施設などの具体的な数値目標を立てているけれど、何処まで達成できているか、これからさらに勧めていけるのか見ものです。(内閣府のホームページの白書→障害者白書で報告されています。)
 ですが、私たち一人一人が何処まで自分の仲間として一人一人と関係を持っていけるかが重要な鍵なのは間違いないでしょう。障害者、健常者、老若男女などの言葉が、意味をなさなくなる日が来るのでしょうか?

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